『趣味レーション』
こんにちは。ロックミーの小林です。
今日の話はとても小さなことなんですが……。
大学1年生のころ、まだWindows95もインターネットも普及していない時代の話です。
ビジネス・コンピューティング(パソコンをビジネスに活かす研究)のゼミナールに所属していた私は、大学の電算室(コンピュータがたくさんあるところ)で担当の教授を待っていました。
ゼミの教授は日本人でしたが、元IBMでアメリカの商務省(NIST)で数年研究員をして戻ってきたばかりだったせいか、若干外国かぶれな言動が多く、学生が日本語で質問しているのに
「アーハァ!」
とか
「ソウ?」
とか返事をしてくる(笑)、学生からするとちょっと不思議で、距離の取りづらい先生でした。
しかもこちらが少し突っ込んだ質問をすると
「おまえヘルプ読んだのか? ヘルプに書いてあるだろそんなこと。」
とだけ言い残して「ササーッ」っと去ってしまう。
毎週ややこしい課題を出すのに学生の扱いがいい加減だったので、回を重ねるごとにゼミ生は減っていきました(笑)。
でも、私はこの不思議な教授が好きでした。
学生を学生として手取り足取り甘やかすのではなく、社会人並に自律性を求めてくれていた気がしたからです。
そんなある日のこと。何かの会話の流れで私が
「教授、じゃあその方向でシュミレーションしてみますね」
と言ったときのことです。
教授がパイプタバコを吸いながらいきなり
「俺は趣味でやってるんじゃねぇんだ」
といいました。
「えっ……!?」
マトモに返事をしてくれたと思ったら何を言ってるんだこの先生は……と戸惑っていると
「コバヤシおまえ今、趣味レーションって言ったろ、simulationの綴りがわかっているなら、そのとおりちゃんと発音してみろ」
「あっ、ほんとだ、正式にはシミュレーションですね!いままでずっと趣味趣味言ってました。恥ずかしい」
「アハァッ!」(してやったりの表情)
この教授の専門分野は経営シミュレーションだったので、「趣味」という言葉を使われて癇(かん)に障ってしまったようです。
教授に指摘を頂いたことで、それ以来simulationを日本語で書くときは「シミュレーション」と意識して書くようになりました。
私は経営学専攻でしたし、社会に出てからもずっと損益計算書(P/Lというやつです)を作って事業の業績予測を立て、社内外を説得するために使ってきたので、行く先々で恥をかかずに済みました。
この時の教授の指摘を本当に有り難いと思っています。
そして話はそこから10年ほど後になり、私が60人くらいの従業員がいるコンテンツ開発会社のナンバー2をやっていた時のこと。
社内で有望株と言われた20代の若手女性企画社員Aさんが、ある携帯サイトの新機能について私の机のところへ説明にきました。
そのとき、彼女の説明の言葉、資料のなかに何度も「趣味レーション」が出てきました。
最初は聞き流していましたが何度も登場するので気になって、最後に彼女に伝えました。
「Aちゃん、simulationが趣味レーションになってたから、今後は直したほうがいいよ」
すると、意外な反応が返ってきました。
「えーっ。みんなシュミレーションって普段使っていますよ。」
「公式な刷り物とか辞書を見てみなよ。校正が入れば必ず指摘を受けるレベルだし、知っていた方がいいよ」
「べつに通じるからいいじゃないですか。」
資料を直すのが面倒くさかったのか、それとも間違いを指摘されること自体があまり好きではないのか、機嫌が悪かっただけなのか、彼女は少し不機嫌な表情になって自席に戻ってしまいました。
後で冷静に資料を直してくれていればいいなと思いましたが、彼女はその後も結局指摘した箇所を修正しませんでした。
Aさんはいつも元気に溢れていたし、前評判で有望と言われていたので、非常に「もったいないな」と思いました。
Aさんに限らず、たまにこういう、「もったいないな」と思う人に遭遇します。
企画会議などで事業リスクを指摘したりアドバイスをしても、企画者がそれと向き合う以前に、自分の考えが正しいコトを一生懸命主張したり、感情的なリアクションをとってしまうタイプの人をたまに見かけます。
こういうタイプの人に出会うと、
「この人はお客さんを楽しませることと、この場の自分を守ることのどっちが大切なんだろう」
と思ってしまうことがあります。
プロデューサやディレクター(IT業界で企画職と言われる人たち)は、常にお客様にとって新しい価値は何か」を追求していく職業です。最優先すべきは、自分にとっての価値ではありません。
他者のアドバイスや意見を吟味せずに、自分の価値観や視点だけで物事をとらえて盲目的に行動してしまう人や、ちょっとしたチームメイトの意見や指摘に対して感情的に反応してしまう人は、結局自分の首を絞めてしまいます。
一度チーム内で
「人の意見を聞かない人だな…」
と認知されてしまうと、率直に意見してくれる人がどんどん減っていきます。そしてチームメイトも自分たちの意見が全く取り入れられないプロダクトを「嫌々作らされている」というマインドに偏り、チームの士気はどんどん落ちてしまいます。YESマンしかそろえないワンマン社長の会社に生き生きと働く社員なんていないのと近いかもしれません。
このAさんのケースではたまたま資料の「書き間違い」を指摘しただけで直接商売に影響は少ないですが、企画書も将来のコンテンツを作る大切なパーツのひとつと考えれば、妥協してはいけない部分です。その間違いを指摘してもらったら、素直に「ありがとう」と思えるようになりたいですね。
実は、私も駆け出しの頃はこれが苦手で苦手で、仕方ありませんでした。
企画者なのだから、誰かに自分の知らないことや勘違いしていることを指摘してもらったら「ありがとう」とか「ラッキー」と素直に思えるくらい柔軟なアタマでいたいですよね!
「趣味レーション」と「シミュレーション」の違いなんて、本当に小さなことです。
でも私の経験上だと、何か新しい価値を作って成功を積み重ねていくするタイプの企画者には、こういった小さなことを当たり前に、丁寧に、大切にできる人が多いと思います。
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